ICEP 2019 Japan interview/ICEP 2019 日本 インタビュー

Question: What is the most memorable experience you would take from this trip?

Alan Toda-Ambaras:

Tatjana Roos:

Charlotte Malin:

 

 

質問:このツアーを通して最も印象深い思い出は?

 

アラン・トダ-アンバラス(チェロ)Alan Toda-Ambaras:

僕は日本人とアメリカ人のハーフなのですが、今回の経験で、僕が今まで思い描いていた日本が如何に現実からかけ離れていたかを知らしめてくれたように思います。普段からボストン(在住地)で音楽関係のNPOに携わり、日本の高校生を対象とした留学をサポートする団体でもボランティアをしているので、このような企画を推し進めるには本当に多くの人々や、企業の協力で成り立っているのを知っていると同時に、感謝の念を忘れたことはなかったのですが、ツアーで訪問した多様な施設(学校、病院、高齢者ホーム、矯正施設など)をハイレベルの奏者と訪問を続けたことによって、「音楽塾」というか、音楽を志す者の根本的な精神とは、、、を考えさせられたのです。「自分の思いが目の前の相手に伝わっているのだろうか」「どのように伝わっているのだろうか」と暗中模索状態になる時もありましたが、このプログラムによって「自分が音楽を奏でることにどれだけの情熱を感じ、様々な人と出会うことに情熱的になれるのか」ということが何よりも先に存在すべきであると教わったのです。そしてこうした経験は、音楽家が自身の心地よい場所に安寧し、プロの音楽家の集まる環境に居る時、批評的な聴衆に常に晒されて居る時に失いがちな感情であり、そうすると見えているべき自分の中のビジョン(bigger picture)・自分の行動のモチベーションも見失ってしまうことがあります。
次のステップに進む上で、この経験を持ち帰り、反芻し、また原点に戻ってこのプログラムに臨みたいと思っています。その時は一つの施設/学校でもう少し時間をかけて彼らの日常を知れば、音楽がより個人的・文化的価値を引き出せるのではないかと考えています。

 

タチアナ・ルース(ヴァイオリン)Tatjana Roos:

ツアーを通して、(沢山の)初めての経験に出会いました。様々の暮らしぶりの中には、深刻な生活環境に置かれた人々、身体に障害を持っている人々、また人生の末期をたどる人、いえ、大人だけではなくて子供もいるのです。このように普段は到底会うことのない人々との交流は、私にとってかけがえのない学びであったと思います。最も感銘を受けたのは、数日前に訪れた子供たちの特別支援学校でのことでした。決して少なくない生徒達に、いつものように楽器に触れさせたり、話しかけたりしながら、演奏し音楽を一緒に楽しんでいた時のことです。この学校に限って特別に何をしたというわけではないのに、何かが私の琴線に触れたのか、私たちの演奏―カルテット―がどれだけ大切なことなのかを実感させられたのです。そしてそのプログラムの最後に、ある男子生徒が英語で感謝のことばを伝えてくれました。彼が私たちの言語をつかってくれたというたったそれだけのことで、彼の一生懸命さが伝わり、涙が出るほど心が揺さぶられました。この経験を通して、どれだけ私たちの活動に価値があるかを実感し、「この活動を続けていきたい」と真剣に思ったのです。
まさに、このプログラムは自分にとっての学びの場であったと思います。例えば、これまでに私は専門的な音楽教育を受けるという幸運に恵まれていたので、ハーモニーや音楽理論について学び、どのコードがドミナントで…etc.そんなことは理解していて当然と自負していたことが、かえって”音楽”の底辺を見過ごしていた。つまり、常に音楽家として集中すべきことが過去の教育の枠内にあるものと疑いもせず、音楽関係者以外と関わることから遠ざかっていたのです。しかし、このプログラムでは、普段音楽に親しみが薄い人たちの中での演奏ですから、嫌が応にも全ツアーを通じてありったけのエネルギーを彼らに捧げなくては自分の存在が消えそうな場面の連続だったのです。ICEP(International Cultural Engagement Program)の名にEngagementとあるのは、本当にその通りだと身をもって解りました。それでも、私はしばしば昔の「習慣」にどうしても戻ってしまい、本番前に緊張したり、「もしここで失敗したらどうなるだろう?」と考えてしまうこともありました。回を重ねるごとに、プロにしかわからないようなミスについて考えたり緊張することにどれほど価値があるのか、と自問するうちに、「音楽家の神髄とは、自身の演奏に満足するかどうかではなく、その演奏によって聴く人々との「絆」となりえてこその妙である。」との教訓にいたったのです。

 

シャーロット・マリン(ヴィオラ)Charlotte Malin:

このツアーの序盤では、知的・認知障害者のための施設を数多く訪れました。実を言えば、ツアーを始めた当初は、非常に気まずい気持ちになり、彼らのことを理解したり、共感したりということが困難でした。私は、自分自身を落ち着かせることができず、不安定で居心地の悪い気持ちでいました。そのような状況がしばらく続き、中々思うようなプレゼンテーションが出来ませんでしたが、状況やミドリの振る舞い方を観察しているうちに、最も大切なことは自分自身が何をするか・相手がどのような反応をするのか、ではなく、いかに音楽をコミュニケーションの道具にして、お互いの感情が通った音の振動を共有できるのかということだと気がつきました。
私たちが各部屋に訪問演奏をしていた時のこと、私はある若い男性の障害者の前でバッハの楽曲を演奏をしました。その瞬間に音楽が自然に私の気持ちを彼にも運んでいる感覚を覚えたのです。相手の男性は調性、リズム、ムードの変化を事細かに受け止め、それを体現しているではありませんか。それはまるで私たちが共にダンスを踊っているかのような一瞬一瞬の積み重なりでした。この経験が、聴く人の感情の表し方が自分と違ったり、または自己標準の範囲では理解されなかったとしても、音楽は互いの精神に交錯しうる尊いものである、と私に気づかせてくれたという意味で、代えがたい経験となったのです。